瑚心すくいの地方創生が生き方を創っていく

高齢化社会と人口減少、地方創生の未来を考えます

「ワーケーション」で地域に活気 企業の活用広がる

リゾート地で働きながら休暇を楽しむ「ワーケーション」が地域に活気をもたらしている。和歌山県では白浜町に続々と企業が集まり、南紀白浜空港の搭乗者数は過去最高となった。長野県や静岡県でも観光地に企業が拠点を置くなど、経済効果に期待が集まる。産業界から注目されつつあるワーケーションを今後どう定着させていくかが地域活性化のカギとなりそうだ。

南国を思わせる明るい室内。半袖シャツに短パン、スニーカーやサンダル姿の会社員がリラックスした様子でパソコンに向かう。5月から三菱地所が提供を始めたワーケーション用オフィス「WORK×ation Site(ワーケーション サイト)南紀白浜」だ。1日10万円(税別)で利用できる。

7月にオフィスを利用したのがコンサルティング会社のギックス(東京・港)。希望者が数日~数週間、東京などから出張して働く。同社の網野知博・最高経営責任者(CEO)は「リフレッシュできる環境で、5日かかる仕事が4日で終わるなど生産性が上がった」と振り返る。

三菱地所によると8月までで3社がこのオフィスを利用した。オフィスは白浜町が整備したIT企業用の施設の中にある。同町は2棟、こうした施設を提供しており、2棟とも既に満室だ。

和歌山県によると、県が把握しているワーケーションの県内体験者は2017~18年度で49社567人となった。増えるビジネス交流は地元に新たな活気を生んでいる。

「ワーケーションが追い風になり、空港の搭乗者数が伸びた」と声を弾ませるのは、南紀白浜空港を運営する南紀白浜エアポート(同町)の岡田信一郎社長。同空港の18年度の搭乗者数は約16万人で過去最高となった。ホテル運営の白浜館は7月、白浜町にビジネス客も対象にしたホテルを開いた。中田力文社長は「先日もワーケーションの視察で旅行客が宿泊した」とビジネス需要に期待を寄せる。

ワーケーションは全国に広がりつつある。八ケ岳を望む長野県富士見町のテレワーク施設「富士見森のオフィス」には7社が拠点を置く。そのうち5社が東京都内の企業だ。長野県は「信州リゾートテレワーク」事業として、観光地で働く人の呼び込みに力を入れており、軽井沢町など7地域を指定して施設整備などを支援している。「ビジネスチャンスの呼び込みや地域課題の解決につなげたい」(産業労働部)という。

NTTコミュニケーションズは軽井沢リゾートテレワーク協会(長野県軽井沢町)と連携、同町に8月、ワーケーション施設「ハナレ軽井沢」を設けた。1日15万円(税別)で貸し切り利用ができる。北陸新幹線軽井沢駅から徒歩3分程度に位置しており、同協会の鈴木幹一副会長は「駅前をゲートウェイとして人を呼び込みたい」と話す。

ワーケーションと体験型観光の組み合わせに意欲を見せるのが静岡県下田市。同市では不動産サイト運営のLIFULLが8月、サテライトオフィスと宿泊機能を持つ「Living Anywhere Commons伊豆下田レジデンス」を開いた。民間の取り組みが先行した格好だが、同市主導の施設も今後広げていく考えだ。同市総合政策課の鈴木浩之氏は「ワークスペースが安定供給できれば、次に重要なのがコンテンツ。下田の海に加えて、伊豆半島の観光資源を組み合わせた滞在プログラムを提供していきたい」と話す。

下田市は夏場に多い観光客を「通年型」に変える取り組みを進めている。海のレジャーを軸にしながら、釣り船の船長らが自ら指南する釣り教室などを呼びかけ、市がプラットフォームをつくる。こうした取り組みをワーケーションのPRに活用する。

地域に活気をもたらすワーケーションだが、いかに定着させるかが今後の課題だ。ギックスの網野CEOは「ネット環境と宿泊場所、移動手段が整っているかどうかが重要だ」と指摘する。企業の利便性を高めるため、和歌山県と長野県、静岡県下田市などは11月、「ワーケーション自治体協議会」を設立する。企業向けサイトを立ち上げるなどの取り組みを進める予定だ。

■働き方の変化が追い風

「ワーケーション」は「ワーク(働く)」と「バケーション(休暇)を組み合わせた造語だ。自然豊かなリゾート地で休暇を楽しみながら働くことで、創造的な発想が期待できるとしてIT(情報技術)企業などが注目している。

背景には企業の経営環境の変化がある。通信技術の発達で、職場にいなくても十分な成果を上げられる仕事が多くなった。すでに欧米などでは仕事場にとらわれない働き方が広まりつつある。政府が推進する働き方改革で、余暇の重要性が強調されるようになったのも追い風となっている。

リゾート地を抱える自治体にとっては、地域活性化につながる可能性もある。最も早く動き出したのが和歌山県で、2017年度から本格的にワーケーション事業を開始した。東京でフォーラムを開催したほか、PRビデオやホームページを作成。体験会も開き、実際に県内に滞在して働いた人から利点や課題などの情報を収集した。

長野県は和歌山県に問い合わせて研究を重ね「信州リゾートテレワーク」事業を始めた。静岡県下田市和歌山県から職員を招くなどして、今年3月に「下田ワーケーション研究会」を立ち上げた。

ワーケーションと同様の取り組みは神戸市や広島県福山市長崎県五島市など各地の自治体に広がっている。日本航空JTBといった観光関連企業では、社員の働き方として制度化する動きも出ている。(細川博史、北川開、安芸悟)

働き方の変化 追い風 和歌山から各地に波及

「ワーケーション」は「ワーク(働く)」と「バケーション(休暇)を組み合わせた造語だ。自然豊かなリゾート地で休暇を楽しみながら働くことで、創造的な発想が期待できるとしてIT(情報技術)企業などが注目している。

背景には企業の経営環境の変化がある。通信技術の発達で、職場にいなくても十分な成果を上げられる仕事が多くなった。すでに欧米などでは仕事場にとらわれない働き方が広まりつつある。政府が推進する働き方改革で、余暇の重要性が強調されるようになったのも追い風となっている。

リゾート地を抱える自治体にとっては、地域活性化につながる可能性もある。最も早く動き出したのが和歌山県で、2017年度から本格的にワーケーション事業を開始した。東京でフォーラムを開催したほか、PRビデオやホームページを作成。体験会も開き、実際に県内に滞在して働いた人から利点や課題などの情報を収集した。

長野県は和歌山県に問い合わせて研究を重ね「信州リゾートテレワーク」事業を始めた。静岡県下田市和歌山県から職員を招くなどして、今年3月に「下田ワーケーション研究会」を立ち上げた。

ワーケーションと同様の取り組みは神戸市や広島県福山市長崎県五島市など各地の自治体に広がっている。日本航空JTBといった観光関連企業では、社員の働き方として制度化する動きも出ている。

100歳以上7万人超え、49年連続増 トップは高知県

厚生労働省は13日、全国で100歳以上の高齢者が7万1238人に上ると発表した。2018年から1453人増え、49年連続で過去最高を更新。初めて7万人を突破した。19年度中に100歳になる人も3万7005人と過去最多だった。医療技術の進歩などが背景にあるが、高齢者の増加は社会保障の給付と負担の見直しを政府に強く迫る。

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毎年9月15日の「老人の日」を前に調査しており、同日時点で100歳以上となる高齢者の数を住民基本台帳に基づき集計した。

男女別では女性が6万2775人と88.1%を占めた。国内最高齢は昨年に引き続き、福岡市に住む田中カ子(かね)さんで116歳。男性の最高齢は新潟県上越市の渡辺智哲さんで112歳だった。

都道府県別に見ると、人口10万人当たりの100歳以上の人数は高知県が101.42人で最多。12年以来、7年ぶりのトップだったが、若年層の人口減が影響している可能性があるという。

2位は鹿児島県の100.87人。18年まで6年連続トップだった島根県は99.85人の3位だった。最も少ないのは30年連続で埼玉県(33.74人)だった。

厚労省高齢者支援課の担当者は「医療の進展のほか、健康増進や介護予防の取り組みなどが長寿に寄与している」と指摘する。

一方、社会保障の見直しは待ったなしの課題だ。19年の通常国会では、老後に夫婦で約2000万円の金融資産が必要とした金融庁の報告書を巡り、議論が紛糾した。8月末に発表した5年に1度の公的年金制度の財政検証では、経済成長率が最も高いシナリオでも、将来の給付水準(所得代替率)は今より16%下がることが分かった。

加藤勝信厚労相は13日の記者会見で「高齢化、少子化、人口減少といった日本の社会の構造変化の中で、医療、介護、年金の仕組みをどう構築し、どのような給付と負担の関係をつくっていくか、議論していく」と語った。

日本アニメ、世界中に聖地

世界で脚光を浴びる日本のアニメ映画が、観光交流にも一役買っている。海外を舞台に取り入れたり、作品に登場した場面をほうふつとさせる場所やイラストなどがSNS(交流サイト)で共有されたりして、国内外のファンが現地を訪れる「聖地巡礼」の動きが熱を帯びている。

4月に公開され、シリーズ最高の興行収入91億円を突破した人気アニメ「名探偵コナン」劇場版「紺青の拳(フィスト)」。劇場版23作目となる今作では初の海外となるシンガポールを舞台に設定した。東南アジア各国や中東など広い地域で順次公開されている。

「ここはコナンがキッドとココナツウオーターを飲んでいた噴水。ここは京極さんと園子が待ち合わせた公園です」。現地のガイド、マイケルさんが場面を紹介しながら案内する。旅行大手エイチ・アイ・エス(HIS)が5~9月に企画したツアーには約3000人が参加した。

マーライオン像や、空に船が浮かぶような形状が印象的なホテル「マリーナベイ・サンズ」など、実際に作品中で登場した場所を回る。東京都から参加した20代女性は「キャラクターたちの行動を追体験できるのが楽しい」と満足げだ。ツアーは日本からの出発限定だが、コナンの認知度が高い台湾、ベトナム、タイなどからはツアーの開催を求める問い合わせも多くあったという。

SNSを通じた発信でファン同士の交流が広がっているのも特徴だ。シンガポールでは6月からの公開を記念し、コナンを描いた壁画がチャイナタウンに登場した。現地で活躍するアーティスト「Yip Yew Chong」さんの作品で、1年間限定での展示という。

イラストや「聖地巡礼」の様子はフェイスブックツイッター、インスタグラムで拡散された。海外でのプロモーションを手がけるトムス・エンタテインメントの鈴木幸介・海外ライセンス課長は「個人で現地を訪れて楽しむ人も多くいて、思わぬ効果に驚いている」と話す。9月にはファンの多い中国でも公開が始まり、さらに人気は広がりそうだ。

大ヒットしたジブリ映画「千と千尋の神隠し」は日本での作品公開から18年の時を経て6月に中国での上映が始まった。日本文化への関心の高まりや日中関係の改善に伴って中国政府からの上映許可が下りやすくなったとみられる。興行収入は4億8千万元(約72億円)に達し、上映期間の延長も決まった。

火付け役は中国版のポスターだ。中国のデザイナー、黄海氏がオリジナルで作成したもので、ふすま絵に描かれたキャラクターが主人公の千尋を見守る絵や、水の中の線路を歩く千尋のイラストなど目を引くデザインで、中国国内や日本でも話題になった。

作品に出てくる建物や町のモデルになったと噂される台湾の九份(きゅうふん)も再び注目を浴びている。公式には宮崎駿監督が否定しているものの、口コミで噂が広がり、観光客が訪れている。

8月に訪れた現地では、日本人のほか、中国人観光客を多く目にした。台湾総統選などを背景に中国は8月1日から台湾への個人旅行を禁止したが、1日より前に許可された個人旅行と、団体旅行は引き続き認めている。

「湯婆婆の屋敷に似ている」とされる茶屋「阿妹茶酒館」の周りには夜になると一斉に赤ちょうちんがともり、妖しげな雰囲気を醸し出す。スマートフォンを掲げる人たちでごった返し、小さな町には収まりきらないほどだ。作品を名目にしたツアー客も多い。

聖地巡礼」といえば、2016年に公開され、興行収入250億円を突破した新海誠監督作品「君の名は。」の大ヒットが記憶に新しい。舞台の「糸守町」は架空の町だが、岐阜県飛騨市がモデルとされる。自治体がタイアップして誘客に乗り出し、日本人だけでなく多くの外国人観光客が訪れた。

日本国内でもさらなるインバウンド増加をめざす動きがある。「コナン」の作者、青山剛昌氏や「ゲゲゲの鬼太郎」作者の故・水木しげる氏などの故郷である鳥取県は19年度、香港、台湾、韓国向けに関連施設を安く周遊できるパスを発行。台湾の人気ブロガーも招待し、インターネットでの発信に力を入れている。

公開中の新海監督の新作「天気の子」は10月からインドでの公開が決まった。「ボリウッド」という言葉が生まれる映画大国インドでの公開は、日本のオリジナルアニメ映画としては初の快挙だ。

インターネット上で4月、インド公開を求める署名活動が起こり、約5万人を超えるファンの署名が集まったのがきっかけだ。新海監督は「神話と映画の国インドで『天気の子』をどのように楽しんでいただけるのか、今からわくわくしています」とのコメントを発表した。

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18年の訪日外国人客数は初の3000万人台の3119万人となった一方、日本人の海外旅行者数も過去最高の1895万人(日本政府観光局)となった。作品を通じて国内外のファンがつながり、双方向のさらなる観光客拡大にもつながりそうだ。

(国際部 白岩ひおな氏)

ふるさと回帰支援センター特集[PR] 地方でかなえる、新たな暮らし 若者の働き方が変わる

地方移住を考える若手ビジネスパーソンが増えている。生まれ育った地域を元気にしたいというUターンや、都会と違った地方での生活に挑戦してみたいというIターンにあこがれる人が多いようだ。一方、「何から始めればいいのか」と、とまどう人も多いのが実情だ。地方への移住を考える清水さんご夫婦が東京・有楽町にある「認定NPO法人・ふるさと回帰支援センター」を実際に訪れてみた。

SNSより信頼性の高い情報が一カ所に

 首都圏在住で都内で働く、清水敦也さんと唯さんご夫婦。7月の週末、東京・有楽町の東京交通会館8階にある「ふるさと回帰支援センター」を訪れた。清水さん夫婦はこの1年ほど、地方移住を実現できないか情報を集めてきたという。

「1年ちょっと前に、センターで開催された移住セミナーに参加したことがきっかけで、まじめにUターンを考え始めました」(敦也さん)という。「出身地の山口県で起業したいと漠然と考えていたのですが、どこで情報を集めたらいいのか分かりませんでした。フェイスブックなど交流サイト(SNS)で探していたら、知り合いに『実際に地方移住した人の話が聞けるイベントが東京交通会館であるよ』と教えてもらって参加しました」(同)

地方移住を考える人にとって、まずどこで情報を手に入れたらいいのか分からないという悩みが多いようだ。センターを訪れた唯さんは「ここはアクセスがいいし、入りやすい雰囲気ですね」と話す。敦也さんも「SNSだと情報が本当かどうか分かりにくいですが、信頼できる情報が1カ所にまとまっている感じで、安心感があっていいと思います」とセンターの印象を述べる。

実際に訪れる人について、センターのエリア担当相談員の藤野さんに聞くと「漠然と、『どんなことをすればいいの?』と来られる方も多いですよ」という。「ネットやテレビ番組などで地方に移住した人の体験をみて、興味を持ったのでちょっと寄ってみた、と言う方もいらっしゃいます。『田舎暮らしにあこがれるけど、どの地方がいいか分からない』という方は私たちエリア担当員がお話をうかがいます」(藤野さん)と、気軽な気持ちで訪れてほしいと勧める。

初めてセンターに来た人は「現地の人とうまくやっていけるだろうか」「仕事が見つかるのか」など、様々な不安や質問を相談するという。藤野さんは「まず、現地での生活をイメージしてもらうために、自治体が主催するセミナーやツアーなどへの参加をおすすめしています」と語る。

センターは45道府県自治体と連携して、地域の情報を伝えるのが役目だ。8階の相談フロアには39道府県1市の相談ブースのほか、各地方の暮らしに関する情報を伝える資料コーナーなどがある。また地方での仕事に悩む人も多いが、「センターにはハローワークの地方就職支援コーナーもあり、常時2人の就職相談員もいるので、全国の求人情報を探すことができます。また、各道府県の人材紹介関連の組織を通じての求職支援も手がけています」(藤野さん)と、万全の支援体制が整っていることをアピールする。

■ちょっとした不安、相談員とのやりとりで解消

清水さん夫妻も最初は不安の方が大きかったようだ。敦也さんの出身地である山口県に興味があったので、セミナーに参加したが、「いざ具体的に考えはじめたら、仕事はあるの?ということと、夫の家族以外に知り合いがいないのでコミュニティーに入っていけるのかな、と色々不安がでてきました」(唯さん)という。

誰もがこうした不安を持つはずだ。センターでは相談者が気軽に参加できるセミナーやフェアなどを開催している(2018年実績539回)。ご夫婦はこうしたセミナーに参加した後に、センターに常駐している山口県の相談員とメールやSNSで情報のやり取りを続けたという。唯さんは「住みたい場所とか、買い物はどうしているのかとか、色々なことをフランクに相談しました」と振り返る。「例えば大きなデパートがあるのか、電車でどのくらい時間がかかるのか、日ごろの食材の買い物をどうしているのか、といった日常生活のことから、将来子どもができたら学校の送り迎えなどどうするんだろう、お母さん同士のつながりはあるんだろうか、といった地域社会の実情など、細かい不安を1つずつ相談して解消してもらいました」と語る。

敦也さんも唯さんも、移住した後に起業できればと考えているという。

そこで、自治体と相談員が一緒になり、ご夫婦の帰省するタイミングに合わせたオーダーメードのツアーを組んでくれたという。さらに、自治体が主催となる1泊2日の現地体験ツアーに参加して「実際に起業した人たちに会って話を聞けたことで、より具体的な仕事や生活のイメージができました」(敦也さん)と話す。

エリア相談員の藤野さんは「センターに足を運んでもらった後は、会社の休み時間や終業後に電話やメールなどで相談員とやりとりする方も多いですよ」と語る。清水ご夫婦のように地域にとけこめるか、などと生活への不安を感じる人も目立つという。「センターとしては地域の自治会に参加してみてはどうでしょう、とか、お子さんの教育を悩まれているご家庭には教育支援に積極的な自治体の制度をご紹介するとか、相談される方の事情やお考えに合わせてアドバイスしていきます」(藤野さん)

清水さんご夫婦は「住宅は借りた方がいいのか、家を建てた方がいいのか」(敦也さん) といった疑問や、「日常生活で車は不可欠だと思うけど……」(唯さん)といった不安について今後も相談していくという。ご夫婦は「こうして1つずつ不安や疑問を相談することで、何となく移住に前向きな気持ちになってきました」と明るい表情で語って、センターを後にした。

若い女性流出 悩む地方 男女比崩れ人口減加速

地方自治体が若年層の女性の「流出」に悩んでいる。47都道府県のうち、15~29歳の人口が2018年に転出超過だったのは40あり、その8割の32道県で男性より女性の方が転出超過数が多かった。若年女性が男性より転入超過なのは東京など都市部の5都府県だけで、地方から一部の都市部に若年女性が流れている。少子高齢化と人口減が続く地方にとっては、若年女性をいかにつなぎ留めるかが課題だが、試行錯誤が続く。

総務省の統計「住民基本台帳人口移動報告」をみると、5歳刻みで世代別に人の移動傾向がわかる。各都道府県別に、入ってきた人が出て行った人よりも多ければ転入超過、出て行った人の方が多ければ転出超過という。

進学や就職時に転出

最新の18年の統計をみてみる。まず世代別の特徴だ。転出入が最も多いのは男女とも20~24歳で、全体の2割にのぼった。15~29歳に広げると、全体の4割超に達する。転出入で若年層が多いのは進学や就職に伴う引っ越しがあるためだといわれている。

次に15~29歳を若年層と位置づけ、47都道府県の若年人口の出入りを調べてみた。若年層が転出超過なのは40道府県にのぼり、そのうち男性より女性の転出超過数が多いのは32道県に達する。転入超過は7都府県。この中で5都府県では女性の転入超過数が男性より多く、2県では男性の転入超過数の方が女性より多かった。

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男性の転入超過数が多い2県は愛知と神奈川だ。愛知は男性の転入超過数が女性の2倍という全国的に珍しい「若年男性の集中県」だ。トヨタ自動車などの製造業が多く、働き手が集まるためだ。同県は「男女の人口のアンバランスは婚姻数や子どもの数に影響を与える」(政策企画局)と危機感を募らせる。

東京に集中

全国で最も若年女性を引き付けるのは東京だ。若年層の転入超過数は男性より女性の方が6165人多かった。大阪や福岡、千葉など都市部に若年女性が集中する。

東京への若年女性の転出比率が男性に比べて高いのは、秋田や山形など東日本中心に15県だった。大阪の場合は徳島や鳥取など西日本の19府県だった。女性は地元から近い都市部に流れる傾向がある。

女性の転出者のうち若年層が占める割合が高いところも調べた。トップは山形の58%で秋田が57%で続く。新潟(56%)や青森(54%)、福島(54%)などが上位に並んだ。最も低かったのは東京(39%)だった。最も女性を集める東京に近いところはやはり若年女性の流出率が高い。

結婚や出産の機会が多い若年女性が減れば、少子高齢化が加速する可能性が高い。「若年男性の流出より問題は深刻」と指摘する声は多く、自治体には頭が痛い問題だ。

働く機会求める

若年女性が都市部に集まる第一の理由は働く機会にあるとされる。高度経済成長期は地方の若い男性が集団就職などで都市部に流入し、労働力となった。いまは経済が成熟し、男女雇用機会均等法なども整備されて状況は変わった。女性の進学率が上がり、総合職や専門職などを希望する人も増えた。学歴が高いほうが一般的に大企業に多く就職する傾向もある。すると大企業が集中し、雇用環境が整備されている都市部に若い女性が流入していく。

若年女性の独立心の高さを示唆する調査もある。政府が15年に実施した「東京圏に転入した若年者の働き方に関する意識調査」だ。地元の就職先を選ばなかった理由を聞くと「親元や地元を離れたかったから」の回答は男性より女性の方が2倍近く多かった。政府のまち・ひと・しごと創生本部の資料も「若年女性が地元に息苦しさを感じている可能性がある」と指摘する。

見えない歯止め策

地方に対策はないのか。ニッセイ基礎研究所の天野馨南子准主任研究員は「就職や結婚、昇進などライフデザインが固まらない20歳代に照準を合わせるべきだ」と説く。「地方企業は男性前提の働き方、意識を改める必要がある。同じ能力なら女性を採用してはどうか」と提案する。

とはいっても簡単ではない。天野氏は「子育て支援で若年人口を増やした自治体の多くは大都市のベッドタウンだ。地方で対策の成功例を見つけるのは難しい」と話す。

愛知県は18年、若年女性が東京圏に流出する背景を探るため、県出身の18~39歳の女性に調査した。キャリアアップ志向が強い人や結婚・出産後も働きたい人が、就職のために流出する実態が鮮明だった。東京圏に住む女性の方が「希望する働き方が実現できる」と考えていることも分かった。

愛知県は県内の経営者に女性の登用や意識改革を促し、住みやすさをアピールする冊子を都内の大学などで配布する取り組みを始めたが、まだ効果は出ていない。担当者は「長い目で取り組み、流れを変えていきたい」と話す。

東京への若年女性の流入と定着の傾向が男性より強まっているのはここ5年ほどだ。新たな傾向にどの自治体も対応できていないのが実情だ。

大阪と堺、川を渡ると別世界? 大和川の歴史映す

大阪市堺市を隔てて東西に流れ、大阪湾に注ぐ大和川堺市などで取材をしていると「川を渡ると世界が変わる」と話す人にしばしば出会う。なぜ、分断の象徴のように言われるのか、探ってみた。

 

 

大和川を渡るとホッとする」。浪曲師の春野恵子さんは堺市で憧れの師匠に稽古をつけてもらい、東京出身だが堺が第二の故郷になった。その実感を込めた言葉だ。

「大阪は『北高南低』と言われる。北は元気だが、大和川を渡ると南大阪には元気がない」。堺市の永藤英機市長が22日の記者会見でこう語った。南大阪の各市町村と連携を強めるという市政方針を説明した際に出てきた言葉だ。

大和川を渡る時の思いは人それぞれだが、大阪市堺市は同じ大阪府内にあり、ともに政令指定都市だ。なぜ差異が強調されるのか。

「三里違て大坂(大阪)は各別」。約12キロしか離れていないが、大阪と堺は全く異なる。江戸時代、既にこう断言した人が浮世草子作者の井原西鶴だ。「日本永代蔵」によれば大阪の商人は派手で刹那的な面があるが、堺の商人は表向き質素で堅実だという。

近世の日本文学に詳しい森田雅也関西学院大学教授は「中世に南蛮貿易で栄えた堺から見れば、大阪は関ケ原の戦いの後に栄えた新興都市」と解説してくれた。

実は西鶴が生きた1600年代まで大和川は分断の象徴ではなかった。奈良に源流をもつ大和川は元来、今の大阪府柏原市から北上し、大阪城の北で淀川に合流していたからだ。しかし洪水対策や新田開発のため1704年に付け替え工事が行われ、現在の流路に変わった。気風の違いに物理的な隔たりが加わったといえる。

 

今年8月1日の住吉祭神輿渡御=住吉大社提供

今年8月1日の住吉祭神輿渡御=住吉大社提供

堺市博物館の矢内一磨学芸員は「付け替え前、堺は住吉大社大阪市)と一体の文化圏を形成していた」と話す。その証しが毎年8月1日に行われる住吉祭神輿渡御(みこしとぎょ)だ。住吉大社から堺市宿院頓宮まで神輿を担ぐ神事で、千年以上続いているという。大和川の付け替え後は神輿を担いで川を渡る勇壮さが注目を集めた。

神事は続いたが、今の大阪市堺市の交流は薄れていく。柏原市立歴史資料館の安村俊史館長によると「付け替え工事から明治時代になるまで、新しい大和川に橋は1つしか架けられなかった」ため、人々が行き来しにくくなったからだ。矢内氏は「堺は東の奈良や南の泉州とのつながりを強めていった」とみる。

時は流れて大正後期から昭和初期。近代都市として急成長した大阪市は市域を積極的に拡張し、1925年には人口が東京市を上回り、日本一になった。安村氏は「個人的な想像だが」と断りつつ「付け替え工事がなかったら、堺市はなくなっているのではないか」と話す。川の付け替えで疎遠になったため、大阪市への吸収を免れた可能性があるとみる。

戦後の高度成長で大和川が汚染されたことも、両岸の人たちの距離感を広げたようだ。大和川市民ネットワークの小松清生事務局長は「戦後間もない頃は魚が捕れる魅力的な川で、川岸に人が集まっていた」と話す。70年ごろに「渡るだけの汚れた川」(小松さん)になったが、今は下水道の整備や流域各地での清掃活動などにより、子どもが遊べる川によみがえった。

堺市は現在、大和川の南側でサイクリングなどが楽しめる施設を設ける計画を進めている。整備が進めば7月に世界文化遺産に登録された百舌鳥(もず)・古市古墳群の「百舌鳥エリアと古市エリアを自転車で行き来しやすくなる」(堺市の加勢英哉・大和川線推進室長)。分断の川から人が集い、交流する川へ。大和川は新たな歴史を刻めるだろうか。

(塩田宏之)

清水寺本堂 檜皮葺の改修「古文書通りに」試行錯誤 匠と巧

口に含んだ竹製の和くぎを手際よく取り出し、ヒノキの皮に打ち付けていく――。日本を代表する寺院、清水寺京都市)で進む半世紀に1度の大修理は、正念場を迎えている。「清水の舞台」として知られる本堂の檜皮葺(ひわだぶき)の葺(ふ)き替え。江戸時代の古文書の記述に基づき、1600年代に再建された当時とみられる手法に近づけた。

 

 

容赦ない夏の日差しが照りつける京都。参拝客でにぎわう舞台とは対照的に、丸太の足場で覆われた屋根では黙々と作業する職人の姿があった。作業するのは本堂の正面左手に位置する「翼廊(よくろう)」。棟の端に据え付ける鬼瓦は本堂が再建された約380年前から使われるものだ。瓦と檜皮の間に隙間が生じないよう丁寧に据え付けていく。屋根の葺き替えでも最終段階の作業だ。

檜皮葺とはヒノキの樹皮でふいた屋根のこと。出雲大社本殿(島根県出雲市)や北野天満宮京都市)でも使われる屋根ふきの手法で、8世紀の中ごろから用いられる。ヒノキの樹皮を採取する「原皮師(もとかわし)」と呼ばれる職人が、樹齢80年以上の木々にのぼり、10年周期で皮を採取。この皮を檜皮葺職人が加工し、屋根に並べて重ね、和くぎで固定する。

瓦で屋根をふく手法に比べて、「照(て)り起(むく)り」と呼ばれる柔らかい曲線がでるのが特長で、多くの歴史的な建造物でも使われる。

清水寺が創建されたのは8世紀末。本堂は今日まで、9回の火災にあい、現存する本堂は寛永10年(1633年)に徳川家光によって再建された。

「平成の大修理」は2008年に始まり、国宝に指定されている本堂のほか、8棟の重要文化財が対象だ。17年1月から始まった清水寺本堂の屋根葺き替えは1967年以来、約50年ぶり。「一番の大仕事」とされ、檜皮葺の修理に約10億円が充てられる。西日本を中心に約100トンの檜皮を仕入れ、10人以上の檜皮葺職人が約2年をかけて葺き替えに臨んでいる。

「これまでのやり方が通用しない」。檜皮葺職人の西村信生さんはこう語る。今回の檜皮葺は半世紀前とは大きく異なるものになった。寛保元年(1741年)にまとめられた古文書を確認したところ、檜皮葺に関する新たな記述を発見。江戸時代に使った檜皮の寸法などが記されており、「できる限り当時の技術に復することにした」(京都府教育庁文化財保護課の島田豊主査)。

当時使っていた長さ96センチ、横15センチ、厚さ2.1ミリの檜皮は、今日の一般的な檜皮より長くて厚い。清水寺の前回の修理で使ったサイズとも異なる。職人が経験則に沿って重ねていってもなかなかイメージ通りにはいかず「曲線をうまく出せるように、何回も檜皮を剥がした」(西村さん)。

葺き替えが完了するのは2020年3月の予定。約380年前の優美な曲線を携えて、再び登場する日も近い。

赤間建哉)